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勤めてた頃、再来率は90パーセント以上だったし、技術者の中で一番お客さんを持ってたけど、経営するとなると違うよ〜。結局、店の看板にお客さんが集まってたんだと思い知らされた。だから、看板(物理的な意味じゃないよ)を大きくしないとダメだと思った。だから宣伝(店の事だけじゃなく、自分自身を含めて)とか、いろんな事を考えるようになる訳。そういう意味で、「仕事自体が命だ」とか、そういう張り詰めた考えはしなくなったね。もっと楽しい人生を送りたいじゃん?でも、これは「仕事の手を抜く」っていう意味じゃないよ。勘違いしないように。


仮に「カリスマ」君達が流行をつくったとしよう。で、それは偉いのか?じゃあ、縮毛矯正の流行をどう捉える?やってない店じゃ、判らないだろうな・・・、クセ毛の人の気持ちも判らないだろうし・・・。まあ、そんな事で主張したってしょうがないからもうやめたら?自分の考えだけで頭に血が上ってる状態だって気付かない?

それにね、時代は流れる。流行と逆行するものが次の流行を作る訳。あっ、でも、オレは流行を追いかけるタイプじゃないから。なぜならウチは最先端を突き詰める店じゃないからさ。別にいろんな店があっていいじゃん?流行の最先端の店もあっていいし、そこそこオシャレな店もあっていいし、近所のおばちゃんが楽しく世間話を出来る店があっていいし。それぞれに存在価値がある。みんなが「カリスマ」になったり、全ての店が最先端だったら成り立たないでしょう?いいかげん、それに気付けよ。

もっと広い目で学習してから世の中で意見しなさい。仮に、100パーセントの自分の意見を主張したいなら、自分の主張のHPでも作ったら?ここで吠える事はないんじゃない?まあ、マスターの思う壺なのかもしれないけどさ。(笑)軽くおちょくられるぜ。

そうそう、雑誌の切り抜きは、ただのツールの一つだよ。ウチじゃ、ほとんど使わないけど。雑誌に載ってるのは、デザインを重視して緻密に作り込んだスタイルだから、普段の生活に合わない場合が多い。たとえば妊婦さんの場合、あまりに削いだスタイルは一本に結えないから困るとかさ。そういう個人個人に合わせる事が必要な訳。お客さんとのコミュニケーションから生まれるデザインもある訳よ。一律、どのデザインが偉いとか正しいとか、一切無い訳。「カリスマ」君ほどの美容師なら理解出来るよね?


まず、切り抜きを持ってくるお客さんは、多少は存在します。そして、限りなく似せる事も可能でしょう。しかし、10人いれば10人の髪、骨格、雰囲気・・・、それに似合わせるのが美容師の役目でしょう。たとえ「カリスマ」君でも、違う人間に「全く同じスタイルの髪」を載せる事は不可能なのです。いや、不可能以前に、カッコ悪いのです。オレの書いた文章をよく読んで下さい。

「雑誌に載ってるのは、デザインを重視して緻密に作り込んだスタイルだから、普段の生活に合わない場合が多い。たとえば妊婦さんの場合、あまりに削いだスタイルは一本に結えないから困るとかさ。そういう個人個人に合わせる事が必要な訳。お客さんとのコミュニケーションから生まれるデザインもある訳よ。一律、どのデザインが偉いとか正しいとか、一切無い訳。」と書いてある。つまり、雑誌のスタイルにプラスアルファをする訳だ。それは美容師個人個人の感じ方、表現の仕方に拠る。それを気に入ったお客さんが集まる。

オレは、「カリスマ」君を、少なくとも仕事の面で卑下するつもりはサラサラない。相当の努力をした事だろう。しかし、それは、それぞれの立場で働く美容師も同じなのだ。例え、東京の青山で働こうと、離れ小島で働こうとね。そして、それぞれ精一杯仕事をした美容師にお客さんが集まる。その事実に対し、「勝ち負け」などあるか?答えは「ノー」だ。

「働く」とは、「傍(ハタ)の人を楽(ラク)にする」という事。それぞれの与えられた環境で精一杯働く事に、誰が優劣を付けられる?

「カリスマ」君の研ぎ澄まされた感覚も判らないではない。自分も若い頃は、ナイフのように尖った気持ちでいたし、顔もキツかった。だが、経営者の立場となると違う。これも、「1716」に書いた。若かった頃、再来率90パーセントはホントの事だ。しかし、独立すると違う。一人の人間としての魅力がないと、人は集まらない。経営者として、長くこの世に生きる為に、そのままの性格ではマズイと感じた。そういう経験を通し、ある意味、忠告をしたのだ。なぜなら、同じ美容師として、共に頑張り続けて欲しいからだ。

浮き沈みの激しい世界だが、オレは他人を陥れる事を好まない。出来るなら、みんなに幸せになって欲しい。キレイ事と言われるかもしれないが、つまりは、「カリスマ」君にも、マスターにも、そしてオレにも、存在意義があるのだ。